中之条ビエンナーレは2年に一度の開催、言うなれば「ハレ」の非日常。その一方で、ここ数年中之条町とその周辺には「ケ」の日常において気軽にアートに触れられる場所が増えてきた。移住作家・西島雄志さんが運営する「ギャラリーカフェ ニューロール」、手芸カフェであり小さな展示スペースを持つ「うた種」、おとなり東吾妻町にあるアンティークを扱うカフェ「セレニテ」、距離は離れるが高崎市問屋町で中之条ビエンナーレ総合ディレクターの山重徹夫が運営する「ビエントアーツギャラリー」などがそれにあたる。中之条町六合入山地区へ2023年に移住したばかりの相田永美さんは、それらアートスペース全てで個展を行ってきた。そのエネルギーと、愛される作家性は何なのか。同町内でありながら中之条駅から車で約一時間の山間にある永美さんのギャラリーカフェ「あるところにないところ」を訪ねた。
天空の湖・野反湖の手前に広がる入山地区。永美さんは夫の哲也さんと共にこの地区にある築200年の古民家をリノベーションし、住居兼ギャラリーとして暮らしている。昔ながらの木造家屋の玄関を開けると、永美さんが創作する不思議なイキモノ(彼女は自分が作るものをそう呼ぶ)たちの絵画や立体作品が出迎えてくれる。別室ではたくさんの多肉植物が並び、それらの鉢もまたイキモノの造形。絵本から飛び出してきたかのような、竜のような獣のような不思議で愛らしいイキモノたち。二階に上がるとそこは、作品を囲むかのように木々や植物が共存する空間。窓からは雄大な山々を眺めることができる。永美さん手製のクッキーと淹れたてのコーヒーをいただく。
「アート、デザイン、自分が作っているもののジャンルは特定できないです。どこにでも行こうと思っています。それ一本でやっている画家や彫刻家と比べたら中途半端だけど、極まっていない間の良さ、子どもが何気なく描いた落書きの良さみたいな、それを含めつつ、やり過ぎないことをモットーにしています」
千葉県松戸市に生まれ育ち、学校には馴染めずにアニメやテレビゲームに熱中した永美さん。ミヒャエル・エンデの小説『モモ』や、不思議なキャラクターが登場するショーン・タンの絵本などにも影響を受けた。原宿にあるデザイン専門学校に通い、卒業生制作では今の作品に繋がる世界観を持つオリジナル絵本を作った。
卒業後、我孫子野外芸術祭に作家兼スタッフで関わるようになり、ボランティアスタッフで入っていた哲也さんと知り合い、後に結婚。当時不動産屋に勤めていて、現在は中之条町の地域おこし協力隊として移住支援やコミュニティスペースの運営を行う哲也さんは、永美さんの作品の一番の理解者であり支援者となっている。結婚後、新築で建てた家は現在と同じように自宅兼ギャラリーにしてお客さんを招き入れた。そんな生活は2年ほど続いたが、夫婦共に当時の生き方に不自由さも感じていた。松戸で以前から知り合いだった料理家の古平賢志さんを訪ねて、彼が移住した六合の赤岩地区を訪れた際、2人同時にこの地に住むイメージが浮かんだ。中之条町移住コーディネーターの村上久美子さんと連絡を取り合うと「あなたたちは六合の冬を知らない。冬も通って、それで暮らせると思ってから移住を考えた方が良い」というアドバイス。何度か通いながら、町の人やアーティストとも顔なじみになった。山間に暮らす厳しさも知った上で、移住を決めた。住むところが変われば、作品も変わる。作品を撮影するためにチャツボミゴケ公園へ。イキモノたちは居心地が良さそう。「簡単に言えば大地そのもののことを表現しているので、街にいる時はコンクリートから出ているタンポポを見るような気持で表現している感覚でした。こっちに来てからの方が自分が表現していることに合うし、家の周りを歩いてるだけでわくわくしちゃう」
印象的な「あるところにないところ」という店名は、彼女の理想郷だという。幼い頃からずっと、学校にいても職場にいても、よそ者感を感じていた。言葉にできないから、表現を通して、居場所作りを通して、ここじゃないどこかを探す日々。作品を生み出してはいるが、失われるものにも価値を感じてきた。六合の自然に囲まれた、ある意味限界集落とも言える地区。取り壊し予定であった古民家での暮らしを決めた時に、初めて「家に帰ってきた」みたいなしっくり感があった。夫婦で家を直し店をオープン。わざわざここまで足を運んでくれるお客さんが、永美さんが作る世界に入り込み、思い思いの時を過ごす。そういう場所作りがしたくて、店を続けている。
山の中での制作では、この時期は山に蔓(つる)を取りに行こうとか、あの古材をもらいに行こうとか、やることが増えて忙しい。近年は、作品を作る際に全てを自分で作るのではなく、石に陶器を添えたり、無垢材の上に絵を描いたり、実験と遊びを繰り返しながら、人工物と自然物とが共存できる作品づくりを心掛けている。移住後、様々なアートスペースでの出展を経て、中之条ビエンナーレは初参加となる。展示場所は、もちろん六合エリア。
果たして、どんな大地が立ち現れるだろうか?