イチゴ農家|唐澤 俊 (からさわ しゅん)

  • 2024年2月22日
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中之条町にこんなに素晴らしい若者がいたんだ! と素直に感動するような出会いがありました。
24歳の若さで、中之条町で立派にイチゴ農家をしている、唐澤俊さん。
19歳で独立して自分の農園を持ち、今年からイチゴ栽培一本。現在は、電話注文による直売を行っています。
「生まれ育った中之条で農業をしたいという強い思いがあって。中之条町が好きなんです。見渡せば豊かな自然。少子高齢化でお年寄りが多いですけど、そのお年寄りが中之条の空気を作っている気がして、穏やかで人があったかくて、住みやすい。いままで、町から一歩も出たことがないんですよ。高校も、卒業後の今も」
高校は地元、中之条高校(現・吾妻中央高校)の生物生産科を卒業。農家になりたい、という視野を持ってのことでした。
農家の高齢化が進む、いまの時代。仕事を求めて田舎を出ていく若者も多い中、生まれ故郷を住処に選び、この町の土で作物を作って暮らす唐澤さんは、町の希望のようだとしみじみ思います。
しかも、実家が農業を営んでいたというわけではないのだとか。
土との触れ合いは、子どもの頃の、おじいさんとの家庭菜園の思い出。学校の先生をしていたおじいさんが趣味でやっていた家庭菜園で、よく収穫の手伝いをしていたそうです。そのときに感じた、収穫の喜びが忘れられず、やがて農業を仕事にしたいと思うようになりました。

高校卒業後に農家研修を受け、本格的に農家としての仕事がスタートしました。そのとき最初に受け入れてくれた研修先が、イチゴ農家でした。
実は農家として独立しようという考えは、当初はあまりなかったのだそうです。
「じつは、最初は独立して農業をしようとは強く思ってなかったんですよ。雇用就農で良いと思っていたんです。でも、研修期間中に、〝自分でやってみたい〟という気持ちがでてきて。自分の思うようにひとつのものを作り、お客さんに喜んでもらいたいという思いが積み重なっていきました」
そんなあるとき、転機ともいえる出来事が起こります。
2014年。その年は大雪で、雪の重みで多くのイチゴのハウスが倒壊し「まるで被災地のような雰囲気だった」というほど、農家に甚大な被害を与えた年でした。
研修と並行して、倒壊したハウスを片付ける仕事をしていた唐澤さんに、偶然の出会いがもたらされます。隣町のイチゴ農家さんが、訳あって今年はイチゴを作らないからと、ハウスにビニールを張っていませんでした。そのため、ハウスは運よく倒壊をまぬがれていました。それを貸してもらえることになったのです。
ハウスにはイチゴを作るための設備が、すべて揃っていました。
それは研修を始めてから、わずか1年足らずのことでした。
「じつのところ、独立は不安のほうが大きかったです。まだまだ経験も浅かったし。でも、勢いみたいなものがありました。偶然にもハウスが空いていて貸してもらえる、このチャンスを逃す手はない、っていう、なんとなく直感のようなものがありました」
独立から4年経ち、いまでは自前のハウスや設備も整え、徐々に規模を広げてきました。
「肥料から水から、こだわっていないところが無いくらいこだわっているつもりです。時間さえあれば勉強して、県外まで行くこともあります」
そうして丹精込めて作り上げたこだわりのイチゴは、「特別おいしい」「もうスーパーのイチゴは食べられない」と、多くのお客さんを喜ばせています。
そして来年からは、もうやめてしまうイチゴ農家さんからハウスと設備を引き継ぐことになり、さらにハウスが増える予定だそうです。
「自分がやってこれたのは、運とか縁の力がすごくあると思う」
そう唐澤さんは言いますが、それらは単なる運じゃなくて、それこそが、唐澤さんの〝収穫〟なのかな。
愛する生まれ故郷へ、純粋に一直線に思いを抱く若者に、まるで周囲がお返しをするかのように、人が、縁が、そして、見えない力が、彼を支え導いているような気がする。
中之条の大地を舞台に羽ばたいてゆこうとする唐澤さんを、ずっと応援していきたい。そんな気持ちに、どうしたってなってしまうもの。