金井さんの仕事は、まるでリンゴの樹木医
気持ちの良い5月晴れの青空、吹き抜ける心地よい風。
林の中で、木に向かって黙々と作業をしている人たちの姿があった。手元をよく見ると、1か所から5つ固まって生えている、梅の実くらいの果実を、真ん中の実だけ残して切り落としている。その手さばきは瞬く間。ピッピッピッピッ。こんな感じ。
ここは、美野原(みのはら)のリンゴ農家、金井農園。
美野原は、中之条町を通る国道を逸れて少し上ったところにある、高台のような場所だ。平らに開けたこの一帯では、リンゴやブドウ、サクランボなどのさまざまな果樹園があり、野菜や米、お花も栽培されている。
この日の金井農園は、果実の間引き作業の真っ最中。梅のような実は、リンゴの赤ちゃんだった。どんどん切られてゆく、ちっちゃなリンゴ。ついつい、もったいない~、と思っていると、
「もし切らずにいても、5つ全部が正常に育つことは稀だし、木の体力が持たない。木は弱ると、自分で身を落としちゃう」と、金井国博さん。
間引きは、良いリンゴを作るためには欠かせない重要な作業だ。この工程を経て、大きく甘いリンゴが出来上がるのだ。
「実をつけるのは木にとって物凄く体力のいること。花を咲かせるのもそう。たとえば、花の咲いている時期に花やつぼみを摘んであげると、葉っぱの色が3時間ぐらいでガラッと変わりますよ。すごく木が楽になるんですね」
花摘みの時期には、摘まれてそのまま地面に落ちたリンゴの花が、真っ白な帯のような光景を作り出すそうだ。
「それに花を咲かせたままにすると、次の年、木は実をつけないんだよ。時期がずれてもダメ。いかに適切な時期に手入れをするかがカギ」
そう話す金井さんは、まるでリンゴの木と心が通じているかのようだ。
「リンゴの実は、1か月間しか細胞分裂をしないんですよ。それ以降は細胞が大きくなるだけ。だから、細胞分裂する1か月間にどれだけ手をかけてあげられるかが、リンゴの品質を決める。今の時期なら午後には、このリンゴの大きさが、さらにひと回り大きくなります」
― えっ、わかるんですか?
「わかりますよ」
リンゴ農家というよりは、樹木医とか、リンゴの木研究家とか、そういう雰囲気すらある。
リンゴは自然のもの。
なかなか思い通りにならないけど、それが面白い。
「このあたりはもともと土壌的には恵まれていなかったんですよ。木を枯らしてしまう菌が多くいて、始めは厳しい環境だった。毎年、土壌改良を重ねて工夫をこらしています。農薬で菌を一掃するという考え方もあるだろうけど、俺はそうじゃなくて、〝菌には菌を〟というやり方でバランスをとるやり方。邪道かもしれないけどね」
金井さん独自のこだわり抜いた方法で、土にも年間を通して多くの手をかけている。
「うちはもう〝トコトン〟。持てる技術、知識すべて使う。それでもなかなか思うようにはいかないけどね」
一度は家を出て会社に就職したこともある金井さん。
「継ぐつもりはなかったんだけど、ひょんなことから継ぐことになっちゃったからさ」
お父さんが始めたリンゴ農園は、65歳を機に、金井さんに受け継がれた。
「いざやってみたら、はじめはもうボロクソよ。親がやってたから知ったつもりになってたけど、どうにもならなかった。最初の1年目はずっと筋肉痛。枝の剪定も、始めは怖くて切れなかった。バシバシ切れるようになったのは5年ぐらいやってから」
それから12年、日々、地道に真摯にリンゴと向き合う年月を過ごしてきた。
「リンゴは自然のもの。なかなか思い通りにならないけど、それが面白さでもあるね。剪定でこれを切っちゃったがために、こうなっちゃったとか、ここを抜かなかったから、この先何年も苦労するとか。でも、いろいろな試行錯誤の末に、うまくはまったときは気持ちいい。うちは直売で、やりがいもある。頑張って良い品物ができれば、その分お客さんに評価してもらえるからね。そのかわり、味が悪ければ怒られるし、天気が悪かったからと言い訳にはできない。どれだけコストをかけても、台風のひと吹きで終わり。毎年ヒヤヒヤだよ。バクチみたいな仕事だよ」
リンゴと金井さん
リンゴの木の面白いエピソードも教えてくれた。
「調子が悪い木が、いざ切るっていうときに急に元気になって良い実をつけたりすることがあるんだよ。それで1年間様子をみてみたら、次の年は良い実がならなかったり」(笑)
木と金井さんのせめぎ合い。
「風が吹いてもダメ、ヒョウが降ってもダメ、霜もダメ。それに、リンゴは待ってくれない。自分の都合で動いても良いものはできない。常に植物都合で動かなくちゃ。俺は自分のことを〝作物の奴隷〟って言ってるんだよ」
そんな冗談を真顔で言う金井さんは、なかなかに強烈だ。
人とリンゴ、いったい手綱を握っているのはどちらなんだろう。リンゴの手のひら(があれば)の上で転がされているのが、人間なのだろうかー。
そうはいっても、リンゴたち。金井さんの献身的なお世話無しには、きっといられない。
金井さん ―(チョッキン)
リンゴ ― 違うよ~! そこじゃない~!(涙)
(あるいは・・・、)
そうそう、ソコソコ。さすが~! よくわかってるね! お礼に甘~い実をならせてあげよう。
…みたいな。
金井さんとリンゴたちの言葉のない会話は、日々、繰り広げられている。
これからも二人三脚。リンゴとともに歩んでいく金井さんだ。