赤岩そば|武藤 年男・篠原 一美(むとう としお・しのはら かずみ)

  • 2023年12月12日
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カラッと晴れた、ある秋の日。
9人の男たちが協力してそばの刈り取りをしている。大きなコンバインを小気味よく操り、お互い声を掛け合いつつテキパキと動く。目の前に広がるそば畑の刈り取りがあっという間に済んでしまった。
彼らの平均年齢は70歳以上。赤岩集落の男衆(おとこしょ)が集まって結成された、そば生産組合の皆さんだ。「定年すぎた年寄りがボランティア精神でやっている」というが、とにかく、ほんとうに元気である。一致団結して作業する姿は爽やかで若々しい。
組合長の、武藤年男さんは「いくつに見える?」とにこにこして訊く。よく動くし、喋りも軽やかで5、60代のような働きぶりだが、79歳だという。しっかりしてらっしゃいますね! と返すと、「しっかりしてねぇんだよ。腰が痛くて」なんていいつつも、集落で行われているゲートボールなどのスポーツレクリエーションには「全部参加してるんだよ」と誇らしげ。
集落でのもともとの主食はそばではない。背後には岩肌を露わにした赤岩山が迫り、前面には切り立った崖下に白砂川が流れる、平地が少ない立地。大地はけっして肥沃でなく、ひとびとはアワやヒエを食べていた。
むしろ高級品だったというそばを、近年この地で作ることになったいきさつはまさに郷土愛だ。高齢化が進み、耕作できなくなった土地を持ち主から借り受け、そばを栽培することで畑を荒れさせず、景観の美化につながるという。毎年9月上旬に行われる、ふれあい感謝祭の時期には、そばの花が真っ盛り。一面白で染めあげられた花畑が見られる。そうして、彼らが耕すそば畑はどんどん拡大を続けているそうだ。
「耕作できなくなった農地を利用してそばを作り、より多くの人たちに美味しく食べてもらい、なおかつ利益を出せば集落の活性化にもつながる」と目標を語るのは最年少の篠原一美さん67歳。さっきまでコンバインに乗っていた人だ。「現在があるのも、そば生産組合をはじめとしたさまざまな組合や委員会を立ち上げ、地域の活性化に尽力した集落の諸先輩方の存在があってこそ。」
篠原さんがコンバインを動かしている最中に、温かな眼差しで見守っていた武藤さんの姿を思い出す。3年前までは武藤さんがやっていたというコンバインでの刈り取り。定年後に組合に入ってから、まだ年が浅い篠原さんへの世代交代を喜び、頼もしく感じている。
ここ最近は、みんなで作ったそばを六次産業として、生産から加工販売までを行う取り組みを、武藤さんを中心に力を合わせ頑張っているところ。篠原さんは町会議員でもあり、町とのタイアップにも前向きだ。新しいものを取り入れることに抵抗がなく、意欲的に挑戦する。雄大な自然のやわらかな腕に抱えられ、のびのびと生きている。そんな風に思った。
取材が終わり、ありがとうございましたとあいさつした去り際、振り返ると、吹き抜ける清々しい風とまぶしい日差しのなか、トラクターを動かし去っていく武藤さんが見えた。力強くもまるで少年のような無垢な背中に惚れ惚れとする。
本当に青空が似合うひとたち。
「なんて気持ちのいい男たちなんだろう」と、どこかで聞いたセリフが、頭に浮かんだ。