根広のスゲ細工|中村 千代子・中村 とら(なかむら ちよこ・なかむら とら)

  • 2024年1月24日
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中之条町 六合には、「スゲ文化」と「ねどふみ」という、この地特有の知恵と技があります。山間部の水田が不向きな地形ゆえに入手が難しい稲ワラの代用として、スゲを用いてさまざまな品を作って暮らしに生かしてきました。
スゲ(管)とは、多年草の植物で一般的に細長い先のとがった葉をもち、茎の上に小さな穂をつけます。世界中のあらゆる場所に分布しており、その種類は非常に多く2000種類ほどもあります。日本にも200種類以上が自生し、身近な植物です。私たちの国では昔から、それぞれのスゲの特徴を生かして生活の道具が作られてきました。繊維の固いものは丈夫な縄、草履、ムシロ。葉が大きく水に強いものは蓑や笠。一方で、稲ワラほど広く利用されておらず、技術は各地に点々と残るだけです。
根広(ねひろ)のスゲ細工もそのひとつ。なかでも「ねどふみ」は、繊維が硬く扱いにくいスゲを近隣より湧き出るアルカリ性温泉の熱い湯に漬けておき、木槌でたたいたり足で踏むなどして柔らかくするという独自の技です。集落では「ねどふみの里保存会」を作り、技術の継承と保存のための活動 ―六合のスゲ細工の代名詞である「こんこんぞうり」を作って販売したり、実演や体験希望者を受け入れる など― をしています。スゲ細工だけでなく、山ぶどうのつるで編んだ籠やシナノキの皮から作ったバッグなどの手仕事の逸品が並び、さながら宝の山のようです。
この地での暮らしや営みの中で育まれ磨かれてきたスゲ細工ですが、近年の集落の過疎化による担い手不足は重大な問題です。とくに県の伝統工芸品にも指定されているスゲムシロは、現在その技を引き継いでいるのは千代子さん、とらさん姉妹だけ。大きなムシロは二人で作る必要がありますが、実際に作業できるのはとらさんひとり、というのが現状です。こんこんぞうりを作っていた千代子さんに甘えた鳴き声で猫が寄ってきました。愛猫を撫で食べ物を与える、あたたかなこの手へと繋がれてきたスゲ細工の技を守らなければ、と強く思います。
お二人が話すスゲにまつわるこどもの頃の話は、まるで昔がたりのように深い趣があります。
「昔の野反(のぞり)は本当にいい場だった。池の淵からぜーんぶスゲが一面に茂り、六合中の人がそれを使っていた。縄にしたり炭俵にしたり・・・。暗いうちから提灯点けて山に入って採りにいった。遠くまで行く人もいたし、3日も4日もかかって採りに行く人もあった。冬の間中は、男の人は奥山に入って炭焼きをして、女の人は縄を綯っちゃあ(綯っては)炭俵を編んだ。」(千代子さん)
「縄綯いはだれでも小学生くらいのころからできるようになって、冬休みに入ると勉強もそっちのけで縄綯いを手伝った。休みの日には囲炉裏の周りに集まってみんなで縄綯いをした」(とらさん)
穏やかな語り声は、聞きながら、たくさんの提灯の灯りがぽつぽつと列になって暗い森の中に揺らめいて、浮かび上がっては消える幻想的な光景を思い浮かばせました。夜の山は本物の暗闇。わずかな灯りなど吸い込まれてしまうようでしょう。眼前にかざす手すら見えない漆黒の向うには、危険な獣たちも潜んでいるかもしれません。それでもひとびとは、生活のために野反へと足を運びました。
野反は、現在は野反湖という人工のダム湖がある標高約1500メートルの高山地帯で、当時は小さな池が点在する、湿原であったそうです。千代子さんの記憶だけに残るかつての美しい野反の風景が、ふと見えた気がしました。