彫刻家|西岳 拡貴 (にしたけ ひろき)

  • 2024年2月13日
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私の住む町に、つぎつぎとアーティストが移り住んできてくれています。こんな辺ぴで、山に囲まれた田舎町。だけど、山と森、温泉など、豊かな自然に恵まれた美しい私の生まれ故郷が、〝アートが生まれる場所〟になっていっているのです。
2007年に開催された第一回中之条ビエンナーレ以降、10人以上のアーティストが中之条町に移住しました。西岳さんは、その中でも1番新しい町民です。
中之条に住み始めてまだ1年未満の西岳さんが、毎年1月14日に行われる中之条固有のお祭、『鳥追い祭』を満喫していたと話に聞いて、私はホッとした気持ちになっていました。
「僕の出身は九州の長崎なんですけど、中之条のように活気のある祭はなかったんですよね。だから羨ましいというのもあるし、地域に祭があるってすごく大事だなって。それに、祭の中に入っていくとやっぱり楽しい」と語る西岳さんの姿は、いち町民として、やっぱり嬉しいものです。
「山の変化も、今まで全然気にしたことがなかったんですが、一日一日と変わっていく山の表情を目の当たりにすると圧倒されるし、雪が積もっているだけでも心に響くものがある。自然の凄さを感じる。町の人たちはそれをずっと感じてきていて、それらが表現されたものが祭であったりするのかもしれない。そういったものは、アートとは別のものかもしれないし、もしかしたら同じなのかもしれない」
こういうアーティストらしい、また移住者だからこその、新鮮で瑞々しい目線は、すっかり住み慣れてしまった人間に新しい発見や喜びをもたらしてくれます。
町はアーティストに、制作や発表の場、またはインスピレーションを。アーティストは町に、アートを。この相互にわたる恩恵は、創造的なプレゼント交換のようです。
「町での日常のさまざまな体験の積み重ねは、僕の作品に対する考え方を、少しずつ変えていっているという気がします。いままでは自分の内側にあるテーマに向き合って、制作をしてきました。アトリエの中で、作品と一対一で制作することが基本だったし、気の合うメンバーやチーム、もしくは自分ひとりでやってしまった方が早いわけです。だから正直なところ、自分以外の誰かと関わったり、初対面の人となにかやるのは面倒だという印象が強かった。でも中之条に暮らしてみて、いろいろな人たちと関わるうち、それだけではすごく狭いな、と感じるようになったんです。たとえば地域の人たちと一つのプロジェクトをしてみるとか、そういうことを、なんで今までやってこなかったのかなって。展示する空間は、本当はそんなに重要じゃない。もっと、その地域でしかできないことについて、そこに住んでいる人たちとの関わり合いを大切にしてやっていきたいと思うようになりました」
人と関わりながら、共有しながら、作っていく。それがどれだけ意味のあることか、と言う西岳さんの言葉は、贈り物のように光って見えます。

西岳さんのイメージは〝なんでも作れてしまう人〟。美術作家として作品を制作するかたわら、服飾、アクセサリーなどの小物、寄木細工のような繊細で精巧な職人技から、大物の家具まで。いろいろなものを作ってしまいます。以前アトリエを見せてもらったときには、ミシンもあればさまざまな武骨な工具類もあって、このひとは一体ここでなにやっているんだろう? と混乱してしまったのですが。
「日常の中心は制作。手先が器用で、未経験の技術でも、割とすぐにカタチにできてしまうんです。手を動かす、ものを作るって、僕にとってはリラックスできる息抜きのようなもの。だから、作品制作の合間に気分転換として作っています」と言う西岳さんにとって、制作は文字通りの日常行為。特別な何かではありません。
そして、そうして作ったものから、地元の人たちとの交流も生み出しています。
「例えば服は、同じように服を作っている人と接するきっかけになりました。『私も服作ってるのよ。今度遊びに来て!』と町のおばあちゃんに言葉をかけられて、交流が始まったり。そういうことって、普段あまりないこと。世代も性別も違う人たちが、物をきっかけとして繋がっていく。それはとても良い体験で、そんな交流をこれからもどんどん続けていきたいなと思います。物から始まるコミュニケーションというのかな」
アートをやる、アーティストである、ということはけして特殊ではなく、会社に勤めるとか、農家として作物を育てるとか、家族のためにご飯を作るとか、そういう誰もが普通におこなう何気ないことと同じ。現に、西岳さんにとって、制作は「いつものこと」なのだから。
「自分のことを『作家』と言われることに、なんだか抵抗があるんですよ。『作家さん』と呼ばれると、相手との間に壁が生まれる感じがする。その距離をもっと縮めたいんです。作家としてでなく、ひとりの人間として関わりたい」
中之条が『アーティストの住む町』、それ以上に、『アーティストも〝ひとりの人間として〟普通に暮らせる町』になってくれたら、そんな素敵なことはないな、と思うのです。
西岳さんはさらにこう続けます。「作ったものを販売するということが、作り手にとってすごく大事だ」と。
アーティストとして生きていくためには、それが社会の中で職業として成り立つか、ということがとても重要です。アーティストが社会や個人から対価を得て暮らしていける。それが実現する社会だったら、どんなに素晴らしいかな。