サバーバ Saba-ba|鹿野 嘉美(しかの よしみ)

  • 2024年3月11日
  • 22view

初めてインドを訪れた時、鹿野嘉美さんは1人、タージマハルを目指していた。喧騒渦巻く首都デリーの駅で電車待ちをしていると、その場にいたインド人に「電車は来ない」と言われ地元のツアー会社に連れて行かれた。信じてついて行き、何かがおかしいと気付き、騙されていたことを知る。苛立つ気持ちで再び駅に戻ると、別のインド人がまた「電車は来ない」と声をかけてきた。バスツアーで行けと言う。またも信じて従うもバスは来ない。予定時刻を大幅に過ぎたバスに苛立つ気持ちで乗り込んだら、50人ほどの乗客の中で外国人は自分一人。車内では突如掛け声のような大合唱がはじまった。不安と怒りで憤っていたら、バスガイドが親切に話を聞いてくれた。タージマハルに着くと、乗客たちが親切に作法を教えてくれた。さらに彼らは、彼女が泊まるゲストハウスまで見送りもしてくれた。わずか1日の間に起きた不運と幸運。彼女はそれ以来、インドにどっぷりハマることとなる。

鹿野さんが経営する「Saba-ba(サバーバ)」は、中之条町ふるさと交流センターつむじがある交差点のはす向かいにあるアジア衣料と雑貨の店。2011年から10年間はつむじ内のテナントの一つとして営業し、昨年春つむじを出て実店舗を構えた。
テナント時よりも倍以上広くなった店内には、タイ・ネパールの様々な模様の服が並び、色とりどりの羽や金属がついたアクセサリーも目につく。鹿野さんはそれらを現地まで飛んで直接買い付けをしてくるというのだから、そのエネルギーには並々ならぬものがある。
中之条町生まれ。子どもの頃はやんちゃで、年の離れた姉と兄がおり、末っ子だったので皆に甘えながら育った。中学では吹奏楽部でオーボエに熱中、部活推薦で前橋の高校へ進学するも、楽器は途中で辞めてしまった。高校3年生の初めまでは美容師になる夢を抱きつつ、当時高崎駅前の商業ビル内にあった洋服店に入り浸っていた。当時から服は好きだったが、なによりそこで働いている店員たちが格好良かった。高校卒業後にそのままその店に就職。アパレル勤務は7年間続いた。

初めての海外は、タイのチェンマイへの5日間のツアー旅。友人と行った。「エスニックの洋服や雑貨も好きだったし、チェンマイは田舎だから、そこで暮らす人ののほほんとした感じがすごく好きになった」と目を輝かせる。タイへは何度も行くようになり、現地の友人もできた。1人で旅するようになってからは1日300円の安宿にも泊まり、タイ以外にもネパール、モロッコ、ボリビアなどを旅した。

冒頭のインド旅行は、実は人生のどん底での旅だった。仕事に関するストレスから心身を崩し、ドクターストップにまで行き着いて辞職。中之条町の実家に籠るも、気分転換に1人、1ヶ月のタイ旅行に出た。改めてタイの良さや、友人の温かさに触れた。一度帰国し、今度は初めてのインドへ。その後はネパールへ移り、他国で出会った友人と次々に再会する不思議な体験もした。

タイやネパールに行ける仕事がしたい。そう思った彼女にもう怖いものはなかった。つむじのテナントに空きがあると知り、その日に「店をやりたい」と直談判。許可が下りる前にフライングで海外に買い付けに出かけ、そこで開業許可のメールを受信する。そして「Saba-ba」は始まった。それからの10年は、並ぶテナントの店主たちの優しさもあり楽しかった。鹿野さんの子どもも、つむじの広場で多くの大人に囲まれて育った。つむじを出る時は、独立して店をやっていけるのか不安だった。けれど現在店舗を構える空き家を移住・定住コーディネーターの村上久美子さんに仲介してもらい、町のチャレンジショップ出店支援制度も活用して、新たなスタートを切ることができた。

店が新しくなり、一見派手が過ぎるように見える服が地元のおばさまたちに支持されたり、今年始めたインスタグラム効果で県外からも注文が入ったり。心配は、期待に変わった。商品の値段も変わらず安く、その理由を「店をはじめるとき、値付けはネパール人に教わったんです。ただそれを守っていたら他店よりも安かった」と鹿野さん。一般的な洋服よりは冒険をして着る服だからこそ、気軽に試してもらいたいという気持ちもある。

今では、日本の流行に合わせたシルエットの服を、オーダーを出してタイやネパールで作ったりもしている。やりとりをしていてトラブルはないですか? と聞いたところ「それはないですね、私が騙されたのは、インドで、来る電車が来ないと言われた事だけです」と笑う。
店名の「Saba-ba」とは、ヘブライ語で「いい感じ」という意味。「元気だよ」とか、「楽しかったよ」とか、いろいろに使える便利な言葉だという。「つむじに出店できたのも、ここを借りられたのも、お客さんが来てくれるのも、ただ運がいいだけなんです」と語る彼女の運は明らかに、彼女の笑顔が引き寄せている。