なんだかとても|篠原大地/千明(しのはら だいち/ちあき)

  • 2024年3月3日
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野反湖をはじめて見た時の感動を、滋賀県出身の千明さんは今も覚えている。中之条町六合地区に生まれ育った大地さんに連れられ、六合北部、天空の湖とも称される野反湖を見下ろせる場所に立った。「野反湖の景色が忘れられないくらいきれいで、彼の家族がすごく温かくって、時間の流れ方もゆっくり。こういうところで暮らしたいと思いました」と千明さん。その口調はゆっくりとしていて、優しい。
「移住」と聞くと「生半可な覚悟ではやれない/人生の全てをかけて行う」というイメージが浮かぶ人もいるだろう。それは正しくはあるけれど、大地さん千明さん2人のゆっくりした口調と、移住に纏わるエピソードを聞いていくと、肩の力がふっと抜けていく。

大地さんは県内の高校を卒業後、東京の専門学校を卒業し洋服のブランド会社に就職。洋服の仕事をするからには東京でという思いで上京したが、いつかは地元に帰りたいという思いもあった。東京には色々なものが揃っていて嫌ではなかったが「いろんな感覚が敏感で、興味がある若いうちに地元に帰ってきた方が断然面白いんじゃないかと思っていました」と語る。
一方の千明さんは九州の大学を出た後、デンマーク、京都、東京と居を転々とした。親からも「自由、ほっておくとどこに行くかわからない」と言われたが、常に自分が住みたい場所を探していた。京都では大地さんと同じ洋服のブランド会社で働き、その縁で大地さんと付き合うようになる。会社を辞め大地さんのいる東京へ引っ越したが、東京には色々なものが溢れすぎていて、落ち着いて自分のペースで暮らせないと悩んでいた。

結果、大地さんは東京での仕事を辞め、2人は仕事も何も決まらないうちに中之条町へやって来た。千明さんが語る「だいたい無計画なんですよ。ゆるゆる。健康ならなんとかなるかみたいな」という言葉が、逆に頼もしい。六合地区に住むことも考えたが、町の東部、大きな道路から離れた静かな場所に一軒家を借りた。2人ともニート。親には心配をされ、縁側に座ってお茶を飲んでいたら近所の人からも心配された。であっても2人は焦らない。
そんな時、中之条ビエンナーレの臨時職員の募集があり、大地さんはそれに携わることになる。千明さんは職業訓練場でウェブの制作を学ぶようになった。マイペースな日々の中で、知り合いも増えてくる。その中に、先輩移住者であり、地域おこし協力隊として中之条ビエンナーレに関わるアーティストの西岳拡貴さんがいた。
現在、大地さんと千明さんの2人は、西岳さんが立ち上げた「nakanojo kraft project」のメンバーとなり、チョコレートの製造・販売を行なっている。材料は生のカカオ豆と砂糖だけ。そこで行う「テンパリング」という作業は、温度の微調整によってチョコレートの硬さや口どけ温度を決める難しい作業。2020年に3人で、製造する工房をセルフリノベーションするところからはじめ、菓子の知識も技術もないところからはじめたチョコレート作りであったが、完成したチョコレートは同年中に町内の中之条ガーデンズやつむじにて販売。中之条町の新土産として、本物志向のお客さんから支持を得ている。事業を立ち上げた西岳さんもすごいが、一緒に進めた2人の「順応力の高さ」もすごい。

それとは別に大地さんが進めている事業がある。「なんだかとても」と検索すると出てくる、ネットの販売サイトだ。そのサイトでは、大地さんが気になって収集した古民具や置物、皿、石が売られている。・・石?
「そこにある唯一無二じゃないですか、全ての石が。作ろうとして作れない美しさが好きなんです。それは古物でもそう。あえて価格をつけるという行為がポイントで、だから石も他のものと並べて売っています」と大地さんが控えめにPRする。そんな大地さんの話を聞きながら、千明さんは呆れ・・た顔ひとつせず、にこにこと大地さんを見つめている。そんな2人を見ていたら、なんだかとても優しい気持ちになった。

大地さんが育った六合地区は、他の地域と同様に人口減少が心配される地域である。「六合は自然環境が良くて家族のいる場所。ゆくゆくは六合で暮らしたいと思っています。そういう環境でも何かできたり自分らしく暮らせるってことを周りに見せたいというか、生きていけるってことを形にできればいいなって」と、最後までマイペースに語る2人。順応力の高いこの2人なら、周囲の心配をよそにこれからも、ゆっくり優しい暮らしを続けられることだろう。